寄附者Interview
Interview_010
志賀 卓弥 さん
研究成果を社会へ、そして次世代へ
~起業・M&Aを経て、東北大学に寄附する理由~
東北大学 産学連携機構 特任教授・東北大学病院 産学連携室 副室長として、研究成果の社会実装支援に携わる志賀卓弥先生。麻酔・集中治療領域の医師として臨床経験を積みながら、大学発スタートアップ「株式会社エピグノ」を創業し、医療現場の課題解決に挑戦してきた。2025年には東北大学へ寄附を行い、臨床・研究・教育・社会連携を支援している。
今回は、起業に至った背景や、M&Aという決断、そして寄附に込めた思いについて伺った。
「研究成果を社会に届けたい」という思い
志賀先生は北里大学医学部卒業後、仙台市立病院などで臨床経験を積み、東北大学大学院医学系研究科へ進学した。
大学院では、加齢医学研究所において人工心臓の研究開発に携わった。
「人工心臓の研究では、企業や研究機関と連携しながら実験を行っていました。大学の研究成果が、社会に届いていくプロセスを間近で見て、“研究成果を社会実装する”ことに強く興味を持つようになりました」
当時、研究に使用していた人工心臓が、大学発スタートアップが実用化に挑戦していたことも大きな刺激になったという。
「まだ保険収載もされていない段階で、なぜ会社として成り立つのだろうと思いました。そこには研究開発補助金や投資家など、研究を社会につなぐ仕組みがありました。そして、研究だけではなく、ビジネスの視点も必要なのだと感じました」
その後、慶應義塾大学大学院経営管理研究科(MBA)へ進学。大学発スタートアップの成功要因を研究テーマとしながら、医療現場の課題解決について考えを深めていった。
医療現場の課題から生まれた「エピグノ」
MBAで学ぶ中で、志賀先生は医療現場の“非効率”に改めて向き合うようになった。
「企業は1円削るために徹底的に効率化しています。一方で病院は、医療者や病院職員が頑張ってはいるのですが、まだ改善できる余地が大きいと感じていました」
特に着目したのが、手術室運営だった。
「手術室の効率が改善すれば、病院全体に大きなインパクトを与えられます。そこを変えたいと思ったんです」
こうして2016年、手術室マネジメントシステムを開発する大学発スタートアップ「株式会社エピグノシステムズ(現株式会社エピグノ)」を創業した。エピグノは、「全ヘルスケアに叡智を、ヘルスケアに感動を」をミッションに掲げ、医療・介護機関向けマネジメントソリューションを展開している。創業当初は、病院の手術室データを解析し、AIを活用して手術時間予測や手術室稼働最適化を行うシステム開発からスタートした。
「こういう課題を解決したい”という思いが先にありました。そこからエンジニアと一緒に、どんなプロダクトを作るべきかを考えていった、本当にスタートアップらしい立ち上げでした」
現在では、手術室マネジメントを昇華させた、医療者のAIシフト作成・評価・育成・配置、モチベーション・エンゲージメント測定などを支援する医療機関向け人材マネジメントシステムを展開している。
大学病院勤務と起業の両立
起業当時、志賀先生は東北大学病院で集中治療・麻酔領域の診療に従事していた。のちに集中治療部副部長も務めている。
「ICUのラウンドをして、日中は手術室に入り、仕事が終わるのは夜8時、9時。その後にスタートアップの仕事です。オンライン会議をして、メールを返して、書類を封筒に詰めるところまで全部自分でやっていました。まさに24時間営業でしたね」
創業から約10年。エピグノは全国約200病院へ導入されるまでに成長した。
その一方で、2025年にはM&Aという決断を下した。
「もともとはIPOも目標にしていました。ただ、スタートアップを取り巻く環境が大きく変わったんです」
背景には、SaaS市場の急速な変化や、資金調達環境の変化があった。
「無理に独立を維持するより、大企業の販路や基盤を活用して、社会実装のスピードを上げる方が良いと考えました」
志賀先生にとって最も重要だったのは、“会社を残すこと”ではなく、“プロダクトが社会で使われること”だった。
「医療現場で本当に使われることが一番大事です。M&Aによって、その可能性が広がるのであれば、それが良い選択だと思いました」
「ロールモデルがいることが大切」
現在は、東北大学産学連携機構 特任教授・東北大学病院産学連携室 副室長として、研究成果の社会実装支援にも携わっている。
「研究者の先生方は、研究することと論文を書くことが本業です。だから“起業したい”と思っていない方も多い。ただ、研究成果を社会につなぐ方法として、スタートアップという選択肢がもっと身近になってもいいなと思っています」
大学発ベンチャーに必要なのは、技術だけではないという。
「どんなに優れた技術でも、“誰のどんな課題を解決するのか”が見えなければ社会には届きません。その橋渡しをする人材が必要です」
自身の経験が、次の挑戦者の背中を押している実感もある。
「“志賀先生がやっていたから、自分も挑戦してみようと思った”と言ってくれる先生方もいます。ロールモデルがいることは、とても大切だと思います」
「納税先を選べるなら、大学に」
2025年10月、志賀先生は東北大学へ寄附をした。
実は以前から、ECMOトレーニング支援などへの寄附も行っており、「寄附」は特別なことではなかったという。
「北里大学や慶應義塾大学でも寄附文化に触れていましたし、海外の大学も寄附によって支えられています。大学というのは、将来大きな価値を生み出す場所です。だから、寄附するなら大学にしたいと以前から思っていました」
今回の寄附額については、率直にこう語る。
「ある程度は税制優遇も計算しています。どうせ税金として納めるのであれば、自分が意味を感じる場所に使ってほしい。その方が気持ちがいいんです」
東北大学への寄附は、あえて使途を限定しなかった。
「大学の中で自由に使えるお金が少ないと聞いていたので、“自由に使ってください”という形にしました」
寄附後には、大学への思いもさらに強くなったという。
「愛校心のようなものが、より強くなりましたね。自分も大学を支える側なんだという感覚が生まれた気がします」
次の挑戦者へ
最後に、寄附を迷っている人へのメッセージを伺った。
「寄附の形は人それぞれでいいと思います。ふるさと納税でもいいし、母校への寄附でもいい。ただ、もし迷っているのであれば、“納税するなら、自分が応援したい場所に”という考え方はあると思います」
さらに、大学発スタートアップに挑戦する研究者へ向けて、こう語った。
「失敗しても、大学には戻れます。大学というのは、何度でも挑戦できる場所です。だからこそ、一度やってみる価値はあると思います」
研究、起業、そして寄附-。
志賀先生は、自らの経験を通じて、“知を社会につなぐ循環”を体現し続けている。
編集後記
志賀先生のお話を伺いながら感じたのは、「寄附」とは決して特別な人だけの行為ではない、ということでした。
研究を社会へ届ける。社会から得た成果を、再び大学へ還元する。その循環が、新たな研究や挑戦を生み出していく。
大学発スタートアップ、M&A、そして寄附-。一見すると別々に見える出来事が、実は“知の循環”としてつながっていることを、今回のインタビューは示してくれました。
東北大学から生まれた挑戦が、再び東北大学の未来を支える。その連鎖が、これからさらに広がっていくことを願っています。
(2026年5月インタビュー実施。東北大学病院にて。インタビュワー・文責:基金・校友事業室 小玉)
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